意識が戻った時、俺の体は揺れていた。
揺れはかなり激しく、ああ、どこかに移動しているんだなと理解した。損傷した脳が回復し、コード経由で記憶のダウンロードが始まる。俺の記憶はCの世界にも保存されているため、こうして脳に問題が起きた時には、再生と同時に消えた記憶が刻み直されるのだ。
おかげで先ほどまでの出来事を鮮明に思い出す。
化物と呼ばれ殺された事、スザクに足を討たれた事を。
やばい、スザクは無事か!?あの手の連中は目撃者を生かしてはおかないから、スザクも殺されたんじゃ!?え?やばい!俺のせいでスザクが!?このままじゃルルーシュもやばいんじゃ!?寝てる場合じゃないだろ俺!!
パニック寸前になりながら、俺は目を開けた。
そして思わず間の抜けた声をあげた。
「うへ!?あ?な、なんだ!?」
俺は確かに移動していた。
移動していたが。
「あ、起きたんだリヴァル?大丈夫?体辛くない?」
車などではなく、人の、スザクに背負われて移動していた。
ああ、だから妙に上下移動するし、どんな乗り物なのかイメージできなかったのかと納得したが、いや違うだろ!?とすぐに我に返った。
「な、何でお前!?俺を撃ったのに!?」
背負われているから表情など解らない。見えるのはスザクの頭部だけだ。男一人背負った状態で長い上り坂を走っているというのに、スザクは平然とした口調で答えた。背負ってない状態で走ってもきつそうな坂を息も切らさずに上るって、どんだけ化物なんだよ。
しかも俺バックパック背負ってるし、スザクのバックパックは腹の側にって、二人分の荷物もきっちり持ってきてるし!?
「だって、リヴァル逃げようとしたでしょ?探すの大変そうだから、動きを止めたんだけど、また殺されるとは思わなかったんだ。ごめんね」
「・・・はあ!?」
「だからさ、あいつらにまた君を殺されたんだよ」
説明、解りづらい?と言うが、いやいやいや、俺が聞きたいのそういう事じゃないから。
「何でおれを助けたんだ!?俺は人間じゃないんだぞ!?あ!それにあいつらは!?」
「ん~、あいつらはほら、ここからも見えるよ」
足を止めたスザクが振り返る。
それに合わせて俺の視界も後ろに向き、声を無くした。
「・・・へ?あれ、火事じゃね?」
白煙が立ち上り、赤い炎が揺れ動いている。消防車のサイレンが遠くから聞こえて来て、ああ、やっぱり火事だよな?と、予想していなかった光景に脳は考える事を放棄していた。
「よく燃えてるよね。なんかさ、あの部屋に灯油が結構置かれてたから、全部使って来ちゃった。まあいいよね?きっとこの為に用意したものだろうし」
スザクはそう言うと、再び軽快に走りだした。
坂の頂上はもうすぐで、そうだ、俺たちはこの坂を下りてあの場所に行ったんだと思いだす。ルルーシュがいる図書館はこの坂の上なのだ。
「え?は?まて!?このためって何よ!?」
「殺人現場の証拠隠滅。血痕とか、被害者の情報とか、これである程度消せるからね。あ、君が着てた服も燃やしてきたから」
100%じゃないから、さっさとこの場所を離れないと。
「はぁ!?」
言われてみれば、俺は知らない服を着ていた。いや、知っている。これは俺たちを襲ってきたやつらの一人が着てた服。血に染まったままだと拙いから、着換えさせたのだろう。
頂上にたどり着くと、スザクは「はぁ、疲れた」と息も切らさずに行った。そしてそのまま図書館の方へ駆けていく・・・かと思ったが、違う方向に駆けだしていた。
「彼らしつこそうだったし、また狙われたら困るだろ?お金儲けの為に人を簡単に殺すような人たちに生きている資格は無いよ」
「おいおいおいおいおい!ちょっとまった!お前、自分が何言ってるのか解ってんのか?」
「分かってるよ。彼らは人を殺すことに躊躇していなかった。それだけ多くの命を奪ったんだろうね。君も、以前殺されたんだろ、彼らに」
「いや、それはそうだけど、俺が言いたいのは、お前、人を殺したのか!?」
「・・・今更だよ」
「今更って、お前な!」
人の命を奪っていながら、スザクの口調はあまりにも軽く、俺は恐怖さえ覚えた。
「大体ね、彼らを放置したら君は何度も狙われるし、下手をすれば世間に写真付きで公表されるかもしれないだろう?君が、不死人だってこと。そうなったらお手上げだよ?」
本気にする人は少ないだろうが、今後の行動をかなり制限されることになるし、ほとぼりが冷めるまで人里を離れる必要も出てくるだろう。幸いにも今まで生き返る姿を見られなかったから手を汚さなかったが、モルモットにされる可能性を断つために、目撃者を殺す選択肢は存在していた。
だがそれをすべきなのは俺で、スザクではない。
スザクにさせるべきではなかったのだ。
自分のうかつさでスザクに人殺しをさせてしまった。
「それに、言ってなかったけど」
「・・・何?」
「あいつら、君を殺す前にルルーシュを殺したらしい」
スザクの声が一気に冷たさを増した。
「な?る、ルルーシュが!?なんでだよ!?」
「僕も殺されかけたよ。君と同種じゃないかって」
その言葉に、心臓が止まる思いがした。
俺が一緒にいたから、スザクは殺されかけ、人を殺し、ルルーシュが殺されてしまった。俺が、一緒にいたから。言葉を無くした俺を背負ったまま人気のない場所を選び、スザクは走り続けた。どこに向かっているのか、俺にはもう解らない。
「・・・そうか、俺のせいでルルーシュが・・・。スザク、ルルーシュの、遺体は・・・何処にあるか、聞いてないか?」
俺は絞り出すように言った。遺体。少し前まで一緒にいたあいつが、死んだ。まだ成人にもなっていない子供が、化物の俺に巻き込まれて死んでしまった。
出会えた奇跡に浮かれ、付きまとった結果がこれだ。
「ちゃんと聞きだしたよ。今、そこに向かってる」
「そっか・・・」
俺はほんの少しだけほっとした。死んでしまった命を戻す方法は無い。でもせめてルルーシュの遺体は国に返してやりたいのだ。聞けばルルーシュは両親兄弟とも事故で無くし天涯孤独だという。遺産を手に入れたルルーシュは、大学をとび級で卒業した後、世界一周の旅に出たとか。
家族はいなくてもあちらには友人はいるだろう。
「ルルーシュを殺した連中、念のためまだ遺体を見張ってるらしいから急がないと」
異変を感じて行動を起こされたら面倒だからスピードをあげるよ。と言ったスザクの声には余裕がなく、俺は全力疾走するスザクの背にしがみつくのがやっとだった。
それが功を奏したと言っていいだろう。
俺たちがいた方で鳴るサイレンの音で、警察に気づかれたと慌てた連中は、ルルーシュの遺体に重石をつけて殺害現場のすぐ傍にある湖に沈めた所だった。俺たちに気づかず作業を終えボートで戻ってきた男をスザクは躊躇うことなく撃った。
ボートに血だまりが出来たが、スザクは気にすることなく使っていた銃の指紋を拭き男に持たせた。正面から撃ったから自殺に見せかけるのだとか。こえー!スザク怖すぎるだろ!?何処でそんな考え身につけたんだよ!?と俺は本気でビビっていた。
「何かね、もう慣れちゃって。あまり感情は動かないんだよね」
犯罪者を殺すことに。
スザクは凪いだ表情で言った。
ボートはこの後遺体に持たせた銃で底を撃ち、湖の上を移動させれば沈むから大丈夫だという。これで仲間割れした結果仲間を殺害し、罪の意識に耐えきれず自殺というシナリオになるんだとか。おいおい、俺の知るスザクこんな事出来ないぞ?こいつ今までどんな生き方してきたんだよ!?と考えている間にスザクは服を脱ぎ出した。
ボートはもう使えないから、泳いでルルーシュを引き上げる気らしい。なんなんだよこいつ、俺は不老不死だから化物の自覚はあるが、こいつは俺以上の化物だとしか思えなかった。とてもではないが、不老不死者を目にして動揺しないなんてあり得ない。あまりにも平然としすぎる、いや感情が見えな過ぎる。
「僕は怖かったんだ。君に会った時からずっと、聞くのが怖かった」
冷たい湖に足を踏み入れたスザクが言った。
「・・・お前、前から俺がおかしいって気づいてたのか?」
「ううん、君は普通の人間に見えたよ?だから聞くのが怖かったんだ。聞くことで、全部壊れるかもしれないって。でもね、今は聞いておけばよかったって後悔している」
「何を?」
意味が解らない。ルルーシュの考えも読めないが、こいつの考えも違う意味で読めない。
「君は、---」
言われた言葉に、ざわりと全身が泡立った。
「お前、なんで・・・」
こちらの問いかけに答えることなく、スザクは水中に姿を消した。